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2020.10.10

死を考える

本日土曜日は週末ですが、台風14号の影響であいにくの大雨です。また、北風が吹くため非常に寒くてエアコンも暖房モードにしております。気温差が大きく、身体にもこたえます。  さて、今回は前回のうんちに引き続き、ブログにしてはドキッとするテーマですが、ご容赦ください。 先日9月25日に父が天国に旅立ちました。長く大腸癌の闘病をしており、ある程度死期は予想できたのでそれほどショックではありませんでした。今まで多くの癌患者さんを診療していると、手術含め最善の治療を尽くしても救えない命があり、人の死に接することは珍しくありませんでした。もちろんその都度悲しさと無力感を感じます。外科医になって自分で手術した患者さんが初めてお亡くなりになった時のことをいまだに夢にみます。朝起きると夢だか現実かわからないほどリアルで、寝起きに涙がでて止まらないこともあります。今更と言われるのが恥ずかしくて家族には言えませんし、今回お話するのは初めてです。  職業柄、だいたいあとどのくらいで患者さんがお亡くなりになるかはわかります。父の死の直前まで、母が「お父さんは丈夫だからまだまだ大丈夫」と励まし続けておりましたが、だんだん弱くなって、食べることも容易ではなくなり、あと数日と告げてあげました。母も身内への連絡などができて良かったと言っておりました。もしかすると私が医者になって一番感謝されたかもしれません。  普段から人の死に接することが珍しくありませんので、父が息を引き取った後も正直あまり悲しい感情はありませんでした。外科担当になって初めて亡くなった患者さんの時の方が衝撃的でした。時間が経てば悲しい感情が湧くのかと思っておりましたが、なかなかそのような気持ちにはなれませんでした。金曜日に逝去し、翌日土曜日(1週間の中で一番忙しい日です)の診療を済ませなければいけないので、通夜告別式は1週間後になります。その1週間遺体を葬儀場で安置するわけですが、ほぼ毎日のように母に代わって仕事帰りに面会しておりましたが、やはり余り感情が湧きませんでした。もはやこのまま悲しい気持ちにはならないのだろうと、なんとも医者というのは嫌なものだと過ごしておりました。  無事、通夜告別式も終わり、荼毘に付されて遺骨が実家に帰ってきた後、遺影と私の幼少期の写真を眺めて、「お父さん」という呼び方で写真に話しかけたら、急に寂しい感情がこみあがってきました。生前は厳しく笑うことも無く、褒められたことも無かったので、成人になってからは「親父」と呼び続けてました。なぜ遺影に向かって「お父さん」と呼びかけたかはわかりませんが、自然と涙が溢れてきました。  普段人の死に触れることが多い医者でも、自分の身内の死に直面するのは一生に数回だと思います。死が当たり前のようになってしまって、少し鈍くなっていたのかもしれません。もちろんいちいち感情的になっていると身が持ちませんので仕方ないと思いますが、人としては如何なものかと。父親の死で、あらためて「死」というものはさみしいもので生きていることが凄く尊いものだと気づかせてもらえました。  現在10月10日、午後15時40分、台風の雨もひどくなっている中、医局でパソコンに向かっております。少しセンチメンタルになってしまいましたがご容赦ください。次回からは「まとも」なブログを上げたいと思います。